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WebSig会議 「エコだけじゃない!『ネットを使って社会をよくする』新潮流とWeb屋の関係」

ボランティア

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久しぶりにWebSig行きました。今回のテーマはブログタイトルのとおり。

環境や身近な社会問題への関心が高まるなか、インターネットやWeb屋ができることは?
いつもとちょっとテーマが違うせいか、参加者の顔ぶれもいつもと違う感じがしました。

ゲストスピーカーの1人に「サービスグラント」の方がいました。これはボランティアを「したい側」と「される側」を繋ぐウェブサービス。自分のスキルをサイトに登録しておくと、運営側がプロジェクトに合ったグループを勝手に作って、登録者に連絡する。そして、そのグループで何かのNPO団体を支援するという仕組み。参加者はプロジェクトを選べず、拒否権のみ持っている。

ビジネスモデルは、運営コストは助成金、参加者は完全ボランティアだった。うむう、やはりそうなるのか。という感じ。ボランティアのモチベーションは達成感と、異業種のつながり。運営者の人と話したら、共感することが多かったので、スキル登録はしてみた。

その後は、塚田寛一さん(4good)市川裕康さん(NetSquared)の話。4goodはもうちょっと使ってみよ。
そして、いつものワークショップ。ワールドカフェ。

テーマは

身の周りの社会問題をウェブでどう問題解決できるか。みたいな感じだったはず。

そこで出た意見で印象に残っていたものを自分なりに解釈すると、

  1. 恵まれてるから恵まれていることに気づかない。だから、公共事業に取りくもうなんて、全く思わない人が大勢いる。でも、実は日本ヤバイよ。
  2. ネット成功体験の格差が、情報格差を生んでいる。これはそのとおりだと思った。
  3. 音声認識に期待。おじいさんが、音声対応twitterに、ゲートボールなう。と入れる。それに孫が、頑張って、と返す。それぐらいアプリケーションのインターフェイスが発達すれば、利用者が増えて、可能性も広がる。これってよく考えたら、単に時間の問題なようがします。僕らが爺になるころには余裕でできてそう。
  4. 立地に根付いたコミュニティがもっとあったほうがいい。先輩が自分が住んでいるマンションにSNSを入れて管理している。ネットは距離をゼロにしたコミュニケーションを可能にするが、リアルとの連携を考えると距離が近い人たちのコミュニティをもっと増やしたほうがいい。近くに住んでいる人の顔が見えればリアルの地域コミュニティも活性化するだろう。


社会起業について興味があって、ヒントを探しに参加した。刺激はもらったがやっぱり複雑な問題だな。と強く感じた。

ネットはコミュニティを作るが、既存のコミュニティを潰しているのも事実。いろんな行動をグループではなくて、個人単位にした。ネットリテラシーがあれば、今まで以上にいろんなコミュニティにリーチできるが、そうでなければ、その恩恵は受けれない。(これはこの業界にいる人の一方的な意見かもしれないが。。)


そして、一番の問題は、やりがい重視で、みんなが自分の労働力を無償で提供するようになること。そうすると、その業界は潰れる。僕はそれが嫌で、友達価格を要求してくる仕事を昔はよく断っていた。

業界を潰すから。と

でも、ある時に、これはもう止められないな。と諦めた。原価がほとんどかからない、知的生産物の価格は言い値だ。誰かが無料で始めれば、相場は下がる。

やりがい重視の制作業は全部そうなっている。ライターもカメラマンも同じ。演劇や映像製作だって、それだけで食べれない人が大勢いる。

しかし、危惧したところで、これからやりがいを重視したウェブ制作の仕方は増えていくだろう。そうすると、今後はそこにも競争が生まれる。無料でやる人が10人いれば、その中で一番いい人にお願いするだろう。

マイクロファイナスに投資するときは、一番健全な運用がされている団体を選ぶだろう。ボランティア側も理念だけじゃなく、競争になる。同じようなボランティア団体が星の数ほどある。理念でなく、助成金を取るのがウマイ組織が生き残るなんてことにもなる。

業界を守るのであれば、業界で力のある人たち、もしくは行政がその業界が壊れないようにしないといけないのだが、残念ながら、クリエイティブの業界ではそれはできない。やりがい重視なもんで。だから、そこで働く人は自分のスタンスと業界の位置づけを理解する必要があると思う。

やりがいを求めて、ボランティアするのは、目の前にある仕事にやりがいを感じられないから。それがそもそもの問題。それを解決したいな。と思うので、やりがいとビジネスの両立を目指して、ジタバタしてみる。それは誰かが作ってくれるものではなくて、自分で作るしかない。